消費を一定のまま生産を倍にしても需給は一致しなくなるので、投資を
ふやさないと計数は合わなくなる。
できるのか?
例えば、パンを100円で売って生活してるパン屋の給料を、
パンの値段は100円のままで2倍にできるか?
パンが2倍の量売れればいけるかもしれんが、そのためには
経費(店の大きさや店員の人数)も2倍くらいになりそう
パン屋の生産性が上がって、パン屋の生産量が2倍になれば、値段は据え置きで給料は2倍にできるよ。
それは”もしも”の話だけど、本当に可能なのか?
2倍売るにはパン職人の人数を2倍にしたり、
売り場のスペースを2倍にしたりしなきゃいけないのでは?
あるいは、例えば機械で自動化して人件費を削ったとしても、その機械は高額だろうし、それで失業したパン職人の年収は2倍にならないんじゃないか?
パン職人は同じ人数だけど、2倍のパンを生産できるようになる、てのが生産性2倍てこと。
パン職人の給料がどれだけのパンを生産したかで決まってくるなら、パン職人の給料も2倍になるでしょ。
それは”もしも同じ人数で2倍のパンを生産できたら”っていう仮定の話だけど、
そんなことは実現できないから、物価をそのままに給料を2倍にするのは無理
パンじゃ分かりにくいかもしれないけど、農業とかで考えてみてよ。
昔は全部手作業だったけど、道具が発達し、動物の力を借り、機械を使用するようになって、労働者一人当たりの農業生産は飛躍的に増大しているでしょ。
別の例を出すってことは、やっぱパン屋では無理ってことだよね
つまり、生産性が上がる仕事と上がらない仕事がある
ある人は給料が2倍になるけど、ある人は2倍にならない、という風に格差が生じるのであって、
「物価はそのままで給料は2倍」を全体で実現することはできない
ところで、農業だって大昔と今を比べたら生産性は上がってるけど、
ここからさらに2倍にしろと言われて可能かどうかはわからない
生産性は人の意思で自由に上げられるものでも無限に上がるものではないから、
そういう意味でも給料を2倍にする方法があるのかどうか疑わしい
パン屋に詳しいわけじゃないけど、効率的にパンを焼ける釜を導入するとか、特徴的なパンを作って付加価値を増すとかで、生産性を向上させられるだろうね。
みんなの給料がまったく同じように上がるわけでないのは当たり前。
政策的に給料を増やし続けることが可能かって問題と、経済学的に言って給料を増やすことが可能かって問題は別物だよ。
ニーズの量は一定なので、
景気動向が安定していれば、
生産性が向上すればリストラが起こる。
ニーズの量=総需要と解釈していいのかな?
総需要が一定なんてあり得ない。もしそうなら、大恐慌もリーマンショックも起こらなかったはずでしょう。
景気動向が安定しているのに失業者増加ってのは矛盾しているよ。
マクロで考えないと何もわからないよ。
色んなファクターが関わりすぎ。
いや待てよ。ものの数が増えるんだから、貨幣の数が同じであれば物価は下がるよ。
「実質賃金が2倍になる」と考えれば、物価そのままで賃金2倍も、物価半分で賃金そのままも、同じことなんだよ。
だから最終消費は一定でも生産性は向上して所得は増える。そして失業者は
増えた所得から分配されて生活保護を受けるのだ。
名目では、給料が上がれば物価も上がる。
これをインフレーションという。
実質では、給料が上がっても物価は上がらないのが可能。
これを経済成長という。
言う話しに決着がつかない。最初からマクロで考えるのが正しい。マクロでいえば、
所得が倍になって物価が一定というのは、かつて購買していた商品が年間100種
だったものが200に増えるということであり、おなじ人口条件のもとでは旧100に
必要な労働投下が半分となり、同時に新規に発生した商品100にその余剰が
吸収されている状況を指す。この新100は物品でなくともサービスでも良いし、
あるいは研究開発や設備投資のための物品供給やサービスでも良い。
であるから、実は新規の物品やサービスが大衆に受容されるということと所得の
拡張は密接に関係しており、これが無い場合には増加した所得から失業した者への
所得移転を行わなければ、マクロとしての所得は増加しないことになる。逆にいえば
所得の移転だけに頼って新規の物品やサービスが増えなければ実質的な可処分
所得は増えないことになる(当然1年間に購入できる商品は変わらない)
ニーズの量も金の量も中期的にほぼ一定。
総需要も貨幣量も時代とともに増加しているよ。
代替的な商品開発ではマクロ所得は増えず、一方で布団圧縮器だの電動ハブラシだの
鷹枝切りばさみだのカラーケースだの空気清浄機だのパソコンだのプリンターだの、
旧来になく、あらたに家庭に入ってくる商品やサービスの増加が国民所得を拡大させると言える。
ここでいう《追加的な商品》という概念を、学士しょくんはしばしば勘違いして批判しておるのだ。
そのぶんたくさん商品を買うかどうか。
自分だけ、または、自分の会社の賃金だけが上がればそう思うけど、
日本経済全体がそうなったら・・・
ケインズは追加的な投資がなければ追加的な所得の増加は無いと論じたけれども
じつはこれはセーが本当に言いたかったことにほかならんのよ。追加的な新製品が
なければ追加的な所得増加はおこらない。
物価が上がる。
人間の住む家にはおのずと広さに適正範囲があり、そこに詰め込める財の物質的
範囲にもおのずと上限がある。そしてその上限を区切るのは我々現代人が保持
している「常識」がこのあたりだろうと規定し教えてくれる。そういう「常識」を破壊し
あらたな財やサービスを考案する人々こそがイノベーターであり、彼らが社会の
総需要を拡張してくれる人々である、とまあシュンペータ的にはこう言える。
総需要は貨幣量×貨幣流通速度…すなわちお金がどれだけ使われるか、という名目の概念だから、人々が財やサービスをどれだけ欲しがるかとは違うんだよね。
総需要の拡張ではなくて、新しい市場で付加価値を生み出すと言った方が正確かな。
一般人が抱く景気の実感に近い可能性があるね。
教育水準の高い今の労働者は給料が単純に増えたからって
それだけで喜ぶほど馬鹿ではなくなってきている。
消費税が将来どんどん上がっていく一方だから、
「いまのうちに爆買いしよう」と考えるだろうか?
どうしても必要なもの、欲しいと思っている目先のものに限っては
今のうちに買ってしまおうという動機を持つかもしれないが・・・
消費税(VATの翻訳は付加価値税のはずだけど?)が3%上がって給料そのままなので、
名目の消費は微増で、実質は3%下がるから。
日産の賃金給与がリバイバルプランでどうなったかマスゴミが書いてるべ。
デフレの場合モノの値段は下がるがデフレでも雇用に関しては給料は下がらず解雇される
ワークシェアをするには協同組合しかない















