国際オリンピック委員会(IOC)は2017年、eスポーツが「スポーツ活動として考えられる可能性がある」と表明し、五輪競技種目に採用する可能性を模索。
2018年7月には、「eスポーツ」と五輪運動の未来をテーマにしたフォーラムを開催した。
日本国内でも、競技団体「日本eスポーツ連合(JeSU)」が2月に設立されるなど、2018年は“eスポーツ元年”と謳われるほどの活況を見せた。
しかし、ゲーム産業の最先進国でありながら、日本におけるeスポーツやその競技者の地位は悲惨なまでに低い。法整備から国民の意識変容まで、立ちふさがる課題を海外の現状から考える。
(立命館大学ポータルサイト「shiRUto」より転載)
日米の岐路は90年代にあった
「日本人にとってのゲーム」と海外のそれは、いったいどう「違う」のか。
立命館大学ゲーム研究センター・立命館大学映像学部に所属し、国際経営・コンテンツ産業論専門の中村彰憲教授は次のように語る。
「アメリカで競技としてのゲームの歴史が始まったのは1970年代中頃です。米ゲーム大手だったAtari社主催のゲーム大会が行われたり、日本のメーカーである任天堂が大会を主催したりもしました。
一方日本でも、1979年に始まった『ゲームセンターあらし』というコミック・アニメ作品で『大きなモニターでたくさんの観客のもとゲームで戦う』というコンセプトがすでに提示されており、
80年代における高橋名人の登場など、ゲームが社会現象になるようなムーブメントも起こっていました。
とはいえ、90年代までは両国ともにソフトや施設のプロモーション的大会が多く、ゲーム大会の目的は『ゲーム企業の収益の最大化』でしかありませんでした」
つまり、90年代初頭の段階では、日米のゲーム競技の発達はほぼ“パラレル”だったのだ。ところがそれ以降、その道は大きく乖離していくことになる。
似ているようでまるで違う日本とアメリカの「ゲーム文化」。その岐路は90年代にあった Photo by Sean Do on Unsplash
「アメリカでは家庭用ゲームではなく、PCによるネットワークゲームカルチャーが、ゲーム競技の主流になっていきました。
そこにあったのはインターネットで繋がったユーザー同士のコミュニケーションです。これまでメーカーが主宰していたゲーム大会が、ユーザー主導となったのです。
http://news.livedoor.com/article/detail/15869979/
2019年1月14日 11時0分 現代ビジネス
前スレ 2019/01/14(月) 12:37
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1547442645/
そもそもスポーツ自体娯楽なんだからさ
スポーツは代替戦争
特にオリンピックは戦闘技術や能力を披露する大会だし
ジジイだらけの老人の国だからだろうな
老人はイノベーションを起こせないどころか
阻害するから国が滅ぶということを実証した
おそらく他の国は日本の失敗から
高齢化すると老人の選挙権を制限したり政策を変えるだろう
ただ既存のオリンピックやスポーツと無理やり結びつけようとする
考えがキモいってだけ
それは言えてるな。ゲームはゲームだからアスリートとは違うわけで、オリンピックと結びつけようとすると違和感はあるわな。
日本人がまともなだけ
でも常識って多数派によって生まれるもんじゃないの
ゲームは違法ではなく責められるものでもない
「まとも」な感覚は時代でも変わっていくからそれにしがみついてると遅れをとるよってことだよ
とはいってもeスポーツオリンピック化にはまだ課題があると思うけど
eスポ支持は勘違いしたイキリをただけです
親は勉強かスポーツをやらせたい
で、子供に注意したら「いや、俺スポーツやってるしwww」
と返される
プロゲーマーの生活はきついのにな。
対戦練習相手が海外にしかいないから深夜起きてないといけないし
体力要るからトレーニングも必要。
それでも加齢による衰えは下手すると
フィジカルスポーツやマインドスポーツよりも速い。
Wikipediaのeスポーツ選手記事見たら早くに引退してる人ばかり。
チェスは割とスポーツぽい扱いされてたりはする
まあ微妙な所ではあるが
麻雀なんかと一緒で、知能の格闘技的な感じのほうが違和感ないかな
色んな大人の事情が関わってるのだろうけどな
ものすごい時間研究やら練習している。
スポーツでそれをやるとぶっ壊れる
今までそんな事言ってなかったのにめんどくさい事言うな
スポーツの語源は「身体を使った気晴らし」
荷物持ちが暇な時荷物の投げ合いっこしてたのが始まり
人種の問題。
人種の問題で知能に差がある、を連呼してたDNA研究界の権威はついぞ名誉職まで剥がされた。